比婆美人酒造
酒造好適米を1本たりとも倒さない!?
硬度51の水で酒と酒米を造る蔵
庄原にある蔵元の中で最も庄原らしい名前の「比婆美人酒造」は、もともと備北地方に点在していた9つの蔵が合併してできた蔵元なのだそう。前身は平和酒造で、合併後の1960(昭和35)年に現所在地の旧称「比婆郡」にちなんで比婆美人酒造と名付けられました。9蔵のうちの一つ、西城町にあった蔵で造っていた当時人気の銘柄が「比婆美人」でした。
看板酒はやはり上撰酒。上撰とは日本酒の酒税を決める際に使われた級別制度の名残です。かつて日本酒はアルコール度数や酒質によって「特級」「一級」「二級」という等級で区分されていました。それによって税率が決まっていたのです。しかし実際の酒質と区分が合致しないことも多かったため、この等級制度は廃止されました。代わって「大吟醸」「吟醸」「純米酒」「本醸造」といった基準ができました。これは精米歩合や製法による区分なので、品質をランク付けしたものではありません。
一方で、それまで「特級」「一級」「二級」という等級を目安に購入していた消費者にとっては、何を基準に選べば良いか分かりにくくなってしまいました。そこで蔵元が独自の基準で「特撰」「上撰」「佳撰」などと表記するようになったのです。
比婆美人酒造でいう「上撰」とは毎日飲めるうまい酒のこと。リーズナブルで親しみやすい味わいのお酒を造っている蔵元です。
「うちはね、水が良いからですよ。中硬水、硬度51です。」と語るのは代表取締役の山本修三さん。広島県内で中硬水の地域は珍しく、やはり日本酒造りに水は大きな影響を与えます。
水にはカルシウムイオンとマグネシウムイオンなどのミネラル成分が含まれています。水1000ml中に溶けているカルシウムとマグネシウムの量を表わした数値を「硬度」といいます。カルシウムとマグネシウムを多く含む水が硬水と呼ばれます。この成分はその土地の地盤、自然環境によって決まります。
硬水に含まれるカルシウムやカリウム、リン酸などは日本酒の酵母の働きを助け、もろみの発酵を促すそうです。硬水で仕込むと発酵期間は比較的短く、酸の多めな酒になりやすいと言われています。一方、中硬水だとそれよりもやや発酵に時間を要しますが、硬水よりはやわらかく、酸が少なめで淡麗な味わいの酒ができると言われています。山本社長が目指す酒造りには、ここ庄原の中硬水の水がぴったりハマったということなのでしょう。
水に次いで酒の味を左右する原料は酒米です。比婆美人酒造では山本社長自らが酒米を栽培されているのだそう。酒造りに適した米は「酒造好適米」といって、私たちが通常食べるお米とは違います。稲のときから通常の米の稲よりも背が高いので、不安定で倒れやすいのです。もし倒れてしまって穂が水に浸かってしまうと、籾が発芽してしまい収穫もできなくなってしまいます。
多くの農家では酒米の栽培にはあまり積極的ではありません。ところが山本社長が育てる酒米は1本たりとも倒れないというのです。堆肥も通常の米と同じではないそうです。どうやったら倒れない酒米を育てることができるのでしょうか!?その倒れない米は酒と同じこの地の水を使って育てた米だからかもしれません。
水と米は日本の食文化を象徴する二大原料です。そして日本酒の原料でもあります。日本酒は日本の文化そのものと言ってもいいかもしれません。そのことを山本社長が意識されているかどうかは分かりません。でも比婆美人酒造は水と米にこだわりをもった、温かい人間味のある蔵だったのです。